毒親と呼べたら。~アダルトチルドレン奮闘記~

「毒親」と呼んでやりたい。でも母はこの世を去りました。

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はじめまして、なすっこと申します。
20代後半、既婚者、1児の母です。

生い立ち

父、母、妹と私の4人家族。

幼少期の私は、自分の家庭に疑問を持つことはなく、
ただただ普通の家族だと思っていました。
しかし大人になった今、そうではないことに気づきました。

機能不全家族。
今ではそう呼ぶそうです。

母親は専業主婦、毎日5時からの飲酒を
欠かさず、酒を飲むと私たち姉妹に暴言を
浴びせ、深夜に家事を要求してきました。
もし要求を断ったり、渋る態度を見せるとすぐに
暴力を奮ってきました。

身体的暴力だけでなく、
精神的に私たちを苦しめることも多く、
性的暴言や、否定的な発言でも
私たちを苦しめました。

父親は自分に被害が来ないように、
私たちに「お前たちが悪くないのはわかるけど
お母さんに誤っておきなさい」と言うだけで
決して私たちの味方をすることはありませんでした。

当時はそんな両親のもとで育ち、
他の家族と接する機会もなかったので、
自分の親がおかしいと気づきませんでした。

転機①家族への疑問

そんな私が疑問を感じたのは、高校生の頃。
中学の頃から何かと私を卑怯者と呼び、事実のない罪を
なすりつけてきた母親ですが、高校生の頃から
この暴言がひどくなり、体罰も日々数を増していきました。

私はこんな家の状況に、猛烈なストレスを
感じるようになり、自分の言っていることを
信じてもらえないもどかしさから
死ねば分かってもらえると考え、
死を意識するようになりました。

ストレスの原因が何のか、明確にわからず、
胃痛、めまいに苦しむようになりました。

しかし、何気なく自分の母親のことを
友達に話したとき「それって虐待だよ」
と言われ、なんとなく
(自分の家族がおかしいのか…?)
と考え始めたのです。

それでも当初は自分の家族がおかしいと思うことを
自分の中で頑なに否定し、認めることができませんでした。

実際に相談に乗ってくれた友人にも「虐待ではない!」と
強く否定し、自分の親が悪く言われたように感じた私は、
彼女を腹立たしく感じさえしていました。

転機②彼氏(今の旦那)との出会い

高校生のころ、バイト先で今の旦那と出会いました。
私にとって初めての彼氏。
出会った当初は家族について話すことは
多くありませんでしたが、家族へ反抗する
きっかけにもなりました。

転機③母の病気

私が大学1年生の頃、母親が大病を患いました。
悪性脳腫瘍、余命は半年でした。
10万人に1人という珍しい病気で、
私たち家族は動揺を隠せませんでした。

今まであれだけ傷つけられた母ですが、
それでも死んでほしくないという気持ちは
しっかりとあり、大学も中退し(せざるを得ない状況でした)
母親の介護と治療、家事に追われる1年を
過ごしました。

介護生活の中にも父親の自分を守る姿勢は
変わらず、私たちを傷つける発言が
何度もあり、今でも心に残っています。

転機④母の死去

治療の甲斐もむなしく、母は1年で死去しました。
これからどこへ向かうのかわからないまま、
家族3人での生活が始まりました。

しかしここでも母に育てられた傷跡が
私を苦しめます。

家族とともにいなければならない、
家族を一番に考えなければならないという洗脳(?)が
私を苦しめ、誰から強制されるわけでもなかったのですが
家から出られない生活が続きました。

さらに人の気持ちがわからなくなり、友達関係も
うまくいかないようになっていました。

そこで状況を見かねた今の旦那が
無理やり家から私を連れ出したのです。
当時彼は大学4回生、勤務先もわからないのに、
とにかくワンルームを借り、2人での生活が始まりました。

家族から離れることで、自分の家族が
普通ではなかったということに気づくことができ、
その中でAC(アダルト・チルドレン)という言葉に出会いました。

ACとの出会いは私の中でゴールではなく、始まりでした。
ACに対する納得感はあったものの、それがいまだに
解決には至っていません。

心療内科にも行きましたが、何も手助けには
なりませんでした。
毎日の無気力感、軽い鬱、多くの経験をしました。

そして問題は解決せぬまま現在に至ります。

現在

今では1歳の子どもがいますが、
ACはいまだに治っていません。

それどころか、祖父の自殺、実父の逮捕(迷惑行為程度ですが)
義家族のいさかいなど問題は増えるばかりです(笑)

治るのというのが何を意味するのかわかりませんが、
とにかく胸の中のもやもやは
一向に晴れてくれそうにないのです。

ですので私は同じACで苦しんでいる方たちに
解決策を講じ、導くことはできません。

私も未だにACに苦しむ内の一人です。

このブログを始めたきっかけ

私は今でもACの症状は何も治っていません。

インターネットでいろいろなサイトも
参考にさせていただきました。
どれも自分に共感できるサイトで
大変有難い気持ちでいっぱいでした。

でも一つだけ足りないものがありました。
それが現在進行形の共感です。

アダルト・チルドレンに苦しめられていた人のお話は
とても参考になったのですが、心のどこかで
「今の自分とは違い、輝いている…」
と羨ましがっている自分もいました。

留まっていても何も変わらない、そう思いました、

そこで、これはもう、自分から共感を
得られるように積極的に行動するしかないと
思い、ブログ開設に踏み切りました。

ブログにすることで自分の過去や気持ちとも
向きあうことができるんじゃないかとも思います。

ACと言っても、経験は人によって異なるので
参考にし、共感してもらうことで
AC改善のきっかけの一つにでもになると
いいなぁと思っています。

いつかは改善に向かいたい。
そう信じて日々更新できたらなと思います。

最後に

タイトルについてですが、毒親という言葉は
毒のように子どもを蝕む母親という言葉として
広く認知され始めています。

しかし、実は、私は自分の親を
毒親と呼ぶことにいまだに抵抗があるのです。

死んでしまった自分の母親を否定することが
どうしても受け入れられないのです。

否定しきってしまえば楽なのかもしれません。
だけどあの笑顔や私たちに注いでくれた愛情の一部を
否定することは私の中の何かが拒むのです。

これがタイトルの由来です。
私にとって一番の問題かもしれません。
共感して頂けると嬉しく思います。

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